オーディション番組「PRODUCE 101 JAPAN」(以下、日プ)で最終順位1位を獲得し、JO1に加入した最年少メンバーの豆原一成さん。メジャーデビュー以降「劇場版 仮面ライダーリバイス」スピンオフ配信ドラマや「BADBOYS-THE MOVIE-」などの話題作で主演を務め、多方面で存在感を発揮しています。2024年の下半期に国宝級イケメンランキングNEXT部門で第1位に輝いており、令和を代表するイケメン芸能人の1人です。
そこで今回は豆原一成さんの学生時代に着目し、エピソードや出身校を調査しました。
豆原一成の小学校はどこ?
岡山県真庭市出身で、2025年2月から真庭観光大使を務めている豆原一成さん。2009年から2015年まで通っていた小学校は真庭市内に位置する公立校です。幼い頃から身体を動かすことが大好きで、小学生時代はスイミングスクールに通って水泳に熱中していました。小学6年生の時には県大会に出場し、男子50メートル自由形とバタフライの種目で自己新記録を達成。自由形では県13位に入るという快挙を成し遂げました。
豆原一成の中学校はどこ?
小学校卒業後は真庭市内に位置する公立中学校に入学。中学生時代は水泳部に所属し、再び県大会に出場しました。かなりスポーツ万能な少年だったのでしょう。相撲の県大会 団体戦にも出場し、チームの優勝に貢献しました。豆原一成さんが通っていた中学校には相撲部がありませんでしたが、さまざまな運動部の精鋭が集まって栄冠を手にしたようです。また中学2年生と3年生の時には真庭市の陸上大会において走高跳びの種目で好成績を記録し、準優勝しています。
GENERATIONSに感化され…
芸能界に興味を持ったのは中学1年生の頃、音楽番組に出演しているダンス&ボーカルグループGENERATIONSを見たことがきっかけです。GENERATIONSのキレッキレのダンスに衝撃を受け、彼らの11thシングル「AGEHA」を購入。メンバーの中でもリーダーを務める白濱亜嵐さんの大ファンになり、ドーム公演を見に行くなど熱心に応援していました。キラキラした世界を目の当たりにし、芸能界に憧れを抱いたのではないでしょうか。テレビ局主催の企画に出演した際には、将来の夢として「アイドルになりたい」と書いたそうです。
母親が猛反対
GENERATIONSに感化されて自分もかっこよく踊りたいと思うようになったものの、母親に猛反対されてしまい、直ぐにダンス教室に通えませんでした。そこで子供ながらに知恵を絞り、自ら探し集めたダンス教室の情報を母親に伝えました。その一生懸命な様子に母親の心が動いたのでしょう。中学2年生の頃に通学の許可が下り、1週間に1度のペースで通うようになりました。瞬く間にダンスの魅力にハマり、レッスンを受ける頻度を増やした模様。
豆原一成の高校はどこ?
中学校を卒業した後、2018年4月に地元の岡山県立勝山高等学校に入学しました。実家の書棚に簿記の問題集や教科書を数多く並べている様子がテレビで放送されているため、普通科ではなくビジネス科に進学したのではないかと推測できます。同校のビジネス科(旧商業科)は2023年度末に廃止されるまでの間、販売実習など実践的な教育プログラムを通じて社会人になるための知識や技能の習得へと導いていたそうです。
高校の文化祭でダンスを披露
岡山県立勝山高等学校に通っていた頃の豆原一成さんは軟式野球部に所属。高校球児としても活躍していたのではないでしょうか。また高校2年生の時には文化祭でGENERATIONSのダンスを披露。緊張を感じる一方、同級生に注目されて歓声を浴びるという非日常を体験し、嬉しかったそうです。
ネット上には文化祭で華麗に踊る豆原一成さんの姿を撮影した写真や動画が多数アップされており、スターの片鱗を示しています。当時からアイドル的な人気をほこっていたのかもしれませんね。
ダンサーとして急成長
豆原一成さんが中学2年生の頃から約4年間にわたって通っていたダンス教室は岡山県津山市にあるダンススタジオネクスト。こちらの教室ではブレイクダンスやヒップホップの指導に力を入れ、ハイレベルな授業もおこなっています。レベルの高い生徒が切磋琢磨する環境に身を置く中で豆原一成さんは目覚ましい成長を遂げたのでしょう。高校2年生の時には授業の一環として実施されたダンスバトルにおいて前回覇者を圧倒し、見事優勝。生徒として研鑽を積みながらダンスのインストラクターを務め、そのバイト代をレッスン費用にあてていたらしいです。
姉に後押しされて決意
どれだけダンサーとしての技術や表現力が向上しても、中学時代から一貫してアイドル志望でした。そのため高校入学以降は多種多様なオーディションに挑戦していました。しかし思い通りに結果を得られず、メジャーデビューのチャンスをつかめませんでした。そのような中、姉から「日プ」への参加を勧められましたが「自分ができるのはダンスだけ」「ダンスのプロになるんだ」と思い、アイドルになる道を放棄しようとしていました。ところが「日プ」の応募締め切りの直前に再び姉に勧められ、ようやく参加を決意したのです。
通信制高校に編入
無事に書類審査を通過した後、夏休みに「日プ」のトレーニング合宿に参加。「日プ」の放送が始まるやいなや国内外の視聴者から注目され「国民の初恋」や「mame」という愛称で呼ばれるようになりました。「日プ」の審査を順調に通過するにつれて公立高校への通学は困難になったのではないでしょうか。高校2年生の途中で通信制高校・あずさ第一高等学校の渋谷キャンパスに編入しました。同校を卒業した後はJO1の活動に専念しており、大学に進学していません。豆原一成さんにとってJO1こそが自分の才能を最大限にいかせる場所なのでしょう。
まとめ
豆原一成さんは中学時代に数々のスポーツ大会で優秀な成績をおさめたスポーツ万能な人物です。抜群の身体能力と努力を惜しまない性格によって、ダンスの才能も開花させました。地元の公立高校の文化祭ではステージに立ってダンスを披露するなど大活躍。高校生らしからぬ表現力をみせつけていたため、校内に多くのファンがいたのではないでしょうか。
「日プ」参加時にも力強いヒップホップダンスで存在感を示し、その結果JO1初代センターに就任。さまざまなプレッシャーをはねのけ、個性を輝かせる姿は多くの人に感動を与えています。
