タレントとして、そしてトランスジェンダー女性として日本中に笑顔を届けてきたはるな愛さん。彼女がまだ大西賢示という本名で葛藤していた20代の頃、その人生を根本から変えた一人の医師がいました。それが、性別適合手術のパイオニアである和田耕治(わだ・こうじ)先生です。今回ははるな愛さんと和田先生の関係と、20代のエピソードをもとに考察していきます。
This is I(ディス・イズ・アイ)
出典元:Netflix Japan
2026年2月にNetflixで配信された映画『This is I(ディス・イズ・アイ)』は、はるな愛さんの自伝『素晴らしき、この人生』と、和田先生らの著書『ペニスカッター 性同一性障害を救った医師の物語』を原案に、2人の絆を描き大きな感動と話題を集めています。
『This is I』は、単なる芸能人の成功物語ではなく、性同一性障害(性別違和)という言葉すら世間に認知されていなかった時代に、命がけで自分らしく生きる道を切り開いた2人の闘いの記録です。
大阪のショーパブでの出会い
物語は大阪ミナミのニューハーフショーパブから始まります。幼い頃から松田聖子さんのようなアイドルになりたいと夢見ていた主人公・アイ(はるな愛さんがモデル)は、家族や学校でのいじめ、そして男性としての身体と女性としての心のギャップに深く苦しんでいました。
そんな絶望の中でアイが出会ったのが、和田耕治医師でした。当時の和田先生もまた、過去に患者を救えなかったトラウマを抱え、医師としての自信を失いかけている時期でした。アイの”このままやったら死にたい!女性になりたい”という魂の叫びが、閉ざされていた和田先生の心を動かします。
20代の葛藤と命がけの手術
20代のはるな愛さん(アイ)にとって、手術を決断することは、これまでの嘘の自分との決別であり、同時に家族との激しい衝突を意味していました。
家族との断絶と母の葛藤
映画では、アイが父親にカミングアウトしたあと、母親とアイの関係性が深く断絶された様子は描かれていません。しかし実際の自伝によれば、この日から母親は長期間にわたって彼女を完全に無視し続けるという、深い断絶状態に陥っていたようです。
当時はトランスジェンダーに対する風当たりが今よりも強く、息子が女性になるというカミングアウトを親が受け入れるには相当な時間と痛みを伴ったはずです。しかしそれでもアイは、本当の自分になる夢をあきらめることはできませんでした。
和田先生にとっても命がけの手術
なぜ当時の性別適合手術が命がけだったのでしょうか。それは1960年代に起きた、ブルーボーイ事件という歴史的背景が重くのしかかっていたからです。
ブルーボーイ事件とは東京オリンピックに向けて、売春の取り締まりを強化する過程で、性別適合手術を受けた通称ブルーボーイたちを一掃するために、手術を行った医師を逮捕した事件です。
この事件により、日本では正当な理由のない性別適合手術(当時は性転換手術と呼ばれていました)は優生保護法違反(現在の母体保護法)などに問われるタブーとされ、医療界全体がこの手術を敬遠していました。手術をすれば医師自身が逮捕され、キャリアを失う危険性があったのです。
しかし、和田先生は目の前で苦しむアイを放ってはおけませんでした。命を絶ちたいとまで追い詰められた患者を救うことこそが医師の使命であると覚悟を決め、医療のタブーに挑む決断を下しました。
師弟を超えた2人の関係
手術の成功は、アイの人生のゴールではなく女性として生きるという新たなスタート地点でした。そして手術を境に2人の関係は医師と患者という域を超えた、深い信頼で結ばれていきます。
生きる許可をくれた恩人
和田先生の手術によって女性としての身体を手に入れたアイは、ついに心の底からこれが私と胸を張って言えるようになりました。和田先生は彼女の命を救っただけでなく、社会で堂々と愛として生きる許可を与えてくれた恩人でもありました。
和田先生の最初の証人
手術の成功後、和田先生のもとには手術依頼が殺到します。それと同時にマスコミや世間からの厳しいバッシングも受けていました。それでも和田先生は自分の前に苦しむ人がいる限り、逃げられないという信念で手術を続けました。はるな愛さんはそうした先生の姿を間近で見てきた、最初の証人でした。
和田先生との別れ
映画では、和田先生との別れも描いています。自殺といわれていますが、クリニックの移転拡大をスタッフと話していたことと、過度に疲労していたという証言があり、不眠症による過労死とも言われています。この和田先生との死別は、アイを深い悲しみに突き落としましたが、同時に彼女をさらに強く前へ突き動かす原動力となりました。もっと輝いた瞬間を、先生に天国から見守ってほしいという願いが、彼女を国際的な舞台へと導きます。
世界一の栄冠
映画のクライマックスは、はるな愛さんの人生における最大の栄光の瞬間と、和田先生が残した偉大な功績で締めくくられます。
ビューティーコンテストで優勝
2009年、タイで開催されたトランスジェンダーの国際的なビューティーコンテスト「ミス・インターナショナル・クイーン」で、はるな愛さんは見事優勝を果たしました。映画のラストでは、実際の優勝時の映像が流れ、彼女が世界一の称号を手にしたことが示されます。この栄冠は、彼女個人の努力の結晶であると同時に、和田先生が彼女に与えた「新しい命」が世界で最も美しく輝いた瞬間でもありました。
和田先生の遺産
映画の最後には、和田先生が生涯で600件を超える性別適合手術を執刀し、性別違和に悩む多くの人々に安価で寄り添い続けた事実が紹介されます。彼が残した、誰もが自分らしく生きられる社会への祈りは、はるな愛さんの笑顔とともに今も確実に受け継がれています。
まとめ
はるな愛さんと和田先生の関係は、医師と患者の関係を超えた、深い絆で結ばれているといえます。和田先生の死後も、はるな愛さんは和田先生の息子さんとも交流を続け、一緒にお墓参りに行っている様子もSNSでみることができました。映画『This is I』は、どんな逆境にあっても自分らしさを諦めないことの尊さと、誰かの人生に本気で寄り添うことの美しさを、私たちに力強く教えてくれます。興味のある方はぜひ見てみてくださいね。
